子供へのお金の掛け方はペイフォワードで

子供を育てるにはお金がかかります。

普段の生活もそうですが、習い事や、おもちゃやゲーム、ファッションや趣味、部活、諸々。

親としては、子供が望むのであればと、結構無理をして、そういったお金を捻出してしまいます。

とはいえ、ゲームやスマホ課金など、どんなにせがまれても払わない部分もあったりしますが。

 

そこはもちろん家庭によって価値観も違うし経済力も違うので一概には言えません。

ですが、それでも、可能な範囲で、子供のためになるのなら、多少の無理をしてでも資金を捻出しようとするのではないかと思います。

 

最終的には経済力に大きく依存してしまうので、あまり語れる部分は無いのですが、例えば習い事や学習塾など、どこまでお金をかけるべきなのか、みたいな線引はあっても良いかと思います。

 

身につける技術をお金に換算しない

例えば、我が家では子供に習い事をさせています。

本人がやりたいというので、お月謝を払いながら毎週習い事に行っています。

また、夏休み期間には泊りがけでのカルチャースクールのようなものがあり、そこにも行きたいと言うので内容を調べ、納得の上申込みをしました。

いずれも結構な支出になるし、正直なところ楽ではありません。

それでも、将来なにかの役に立つのなら、と、出来る範囲で金銭的な支援を続けています。

 

この時、「これだけお金を掛けたのだから、絶対に身につけて欲しい」と考えてしまうのは当然のことなのですが、しかし、こと教育や将来のことを考えるのであれば、この考えは捨てたほうが良さそうなのです。

そうしないと、「これだけお金を掛けたのだから、それ以上のお金を生み出して欲しい」という結論になってしまいます。

極論、ピアノを習ったら、必ずピアニストにならないといけないのか、という話にもなってしまいます。

習い事や、身につけたスキルをそのまま何らかの収入の手段とするためだけで考えることは、非常にコストパフォーマンスが悪く、将来の幅を狭め、何より、親も子供もその視野をどんどん狭めることにもつながってしまいます。

未来を見通すことが出来ない以上、身につけた技術が何に役立つのかというのを予測することはできません。

ピアノを習っていたことが、IT分野で役に立つこともあるし、部活で野球に打ち込んでいたことが、製造業の分野で役立つこともあります。

何か特別な技能を得たら、そのスペシャリストにならないといけないわけではなく、むしろ、自分だけがもつ様々な技能の組み合わせが、将来の道筋を作っていくのだと思います。

 

ペイフォワード

子供に掛けた分の教育費は、いつか親に返ってくるものではなく、それらは全て成長の糧となるものなのだと思います。

そして子供が大きくなり、彼らが親になった時、それら
身につけたもの、
身につけたかったもの、
経験として役に立ったもの、
誰かに教えることができるもの、
そういったもの全てが、今度は彼らの子供に対して与えられていくことで、それは何倍もの価値になっていくのだと思います。