遺伝子と早期教育

前回遺伝についての記事を紹介しましたが、今回も同様の内容についての記事を紹介したいと思います。

内容は前回の記事と大きく変わらず、遺伝子の影響というのが大きいため、教育、特に早期教育などはあまり意味がないという内容になっています。

そもそも遺伝子はなにかを運命づけるようなものではなく「人間」の成長を正しく行うためのプログラムという位置づけになります。

なので、早期に教育を施したからと行って、そのプログラム以上の能力を得ることはそもそも出来ないようなのです。

高橋先生:例えば、体重は食生活や運動などの環境要因でも大きく変わりますが、身長は遺伝子でだいたい決められているので、いくら沢山食べても、鉄棒にぶら下がっても、なかなか伸びたりしません。脳の形や働きも簡単には環境要因に左右されないように守られています。たとえ十分な栄養が取れないような厳しい環境で育った子どもでも、脳の大きさや形、そして働きは変わりません。脳は非常に大切な部分なので、遺伝子でがっちり守られているのです。

この「遺伝子でがっちり守られている」という言葉がとても本質をついていると思いました。

高橋先生:教育環境は重要な環境要因の一つですね。早期に質の高い教育を施すことが子どもの運命を左右すると考えている親御さんは多いものですが、基本的にはそうではないと思います。特定の勉強、科目が得意か苦手かは、教育効果よりも生まれつき決められていることのほうが大きい。これは運動能力にも同じことが言えます。

K:耳が痛いです(笑)。でも、自分の夢を子どもに託したくなるものですよねぇ。

高橋先生:子どもにさせずに、今からでも遅くないですからご自分でやってみてください(苦笑)。

自分の子供の成長を考えると、若く、なんでも吸収していく子供時代、出来るだけ早く、質の高い教育を用意すれば、その後の人生も大きく変わるのでは、と思ってしまうと思います。

私も、理屈ではわかっていても、やはり早期教育をしたほうが良いのではという考えがどうしても拭えない部分もあります。

それでも、こういう記事を読んで、落ち着いて考えてみると、遺伝子で用意されている以上の「能力」は、やはり望むべくもないのだろうなと、思わざるを得ません。

 

しかし、そこで絶望するわけではなく、ここで「意味がない」と言われているのは、遺伝的に十分な能力がないのに、無理に水泳のオリンピック選手を目指したり、陸上の金メダルを目指したりすることであり、どんなに早期から水泳や陸上をやってみたとしても、世界レベルになれるわけではないというだけのことです。

現代の日本の実情を考えたとき、特殊な環境、病的な状態を除けば、子どもを育てる上で足りないものは何もないと思うのです。十分な義務教育が用意され、衛生環境もよく、いろいろな家族形態はあると思いますがほとんどの家庭では子どもたちは大事に育てられている。そのような状況では、環境要因で何か上乗せしないと後悔するというものはないと感じます。

記事にある通り、現状の教育環境は非常に整ったものであると言えます。

無理な早期教育、無理なエリート教育はむしろ逆効果なのかもしれません。

高橋先生:やりたいことをやらせておけばいいと思いますよ。小さい頃から勉強させたからといって、将来の知能が高くなるとか低くなるとかいうことありません。何かを変えられるとすれば、自分に自信を持つ子になるかどうかということ。そこは親の育て方、環境要因で差がつくでしょうね。

K:「セルフ・エスティーム」、いわゆる「自己肯定感」ですね。

むしろ、この「自己肯定感」を持てないことの悪影響の方が人生を左右させてしまう大きな問題だと思います。

「飛び抜けた才能」は遺伝子に大きく依存します。

逆に、自分の人生を、いかに良いものにしていくのか、というのは、遺伝子や早期教育とは別の、親からの愛情であったり、自分が得意なものを素直に褒められて得る自己肯定感だったりするのではないでしょうか。

すごくシンプルに考えると、自分が得意だったものを、子供に教え、一緒に学び、そして褒めていくことが、何よりも健やかな成長に繋がるのではないだろうか、と思います。