同調圧力と自尊意識

先日Twitterで広まっていたので、目にした方も多いかもしれません。

鴻上尚史が人生相談に答えるという体で、「帰国子女の娘の、個性的な洋服がクラスで浮いた存在に」に対しての内容がとても素晴らしいものであった、というものです。

私も読みましたが、個人的にもとても共感できて、本当にその通りだと思いました。そしてそれへの対処にしても、簡単に解決策を提示するのではなく、あまりにも強大な敵だからこそ、敵を理解して、自分で考えていくという結論も非常に良かったと思いました。

 

文中にもあるのですが、「同調圧力」と「自尊意識の低さ」というのは、普段の生活の端々で目の当たりにします。

例えば、子供たちが今後社会に出て働くようになったとき、この同調圧力と自尊意識の理解が足りていないと、容易にブラック化、社畜化と言われる状況に陥るのではないかと思います。

同調圧力が一概に悪いというわけではありません。それは上記記事文中にもあります。

言わずもがなですが、「同調圧力の強さ」がプラスに出ることだってあります。

東日本大震災の後、略奪も起こらず、コンビニの商品が整然と並び、道路が一週間で復活して世界から奇跡だと讃えられるのは、私達日本人が簡単にひとつになれるからです。ですから、問題は、「同調圧力」ではなく、その強さと理不尽さなのです。

問題は、その強さと理不尽さなのです。

ここには頷かざるを得ませんでした。

個性的でなければいけないわけではないし、足並みをそろえて空気を読むことそのものは決して悪いことではありません。むしろ、それを殊更に悪いものだとして、個性的であろう、付和雷同であろうとすることのほうが滑稽です。

アメリカにも「同調圧力」はある。でも、それは日本ほど強くはない。だいいち、みんな「自尊意識」を持つように教育されている。アメリカの教育の目的は、健全な「自尊意識」を子供に持たせることで、これが「同調圧力」と戦う動機と理由とエネルギーになる。

簡単に言えば「自信を持つこと」なのだと思います。

自分は家庭で子供に自信が持てるように接しているという方も多いと思います。

ただ、例えば、テストが返ってきて、ある教科は非常に良い点、ある教科は非常に悪い点だったとき、子供にかける第一声はどうなっているでしょうか?

「もっとこの教科の点数が良ければ良かったのに…」となっていないでしょうか?

または、模試などで、志望校合格ラインが微妙だった時

「もう少し頑張らないと受からないよ!」と言っていないでしょうか?

できない部分を指摘して、そこを改善させることは当たり前に必要ではありますが、そんなことは本人が一番理解しています。

それよりも、まず一番に求められるのは、達成できた部分に対して認めてあげることなのだと思います。

先の例で行けば「この教科はすごくできていて、この教科は安心だね、もっと伸ばせるね」

「合格ラインまであとこのくらいまで来ているということは、手が届きそうだってことだ、もうちょっとで合格ラインだね」

と。

どうでしょうか?こう言われたほうが、本人は自分自身に自信が持てるのではないでしょうか?

認めてあげること、褒めること、自分自身に価値があるのだということを、出来るだけたくさん子供たちに伝えてあげたいと思います。

それこそが、理不尽で強大な「悪い同調圧力」に対する強力な対処手段なのだから。