国民性の違い?

働き方改革が推し進められている中、日本人は残業が多く、深夜まで仕事をしている、という印象はまだまだ払拭できていないように思えます。

要領が悪く、遅くまでズルズルと仕事をしている印象や、社畜と呼ばれるように終電間際まで仕事に振り回されていたり、業務の効率化といった生産性を上げる部分が全然できていなかったりと、働き方に関してはそういった悪い印象がついて回っています。

働き方の印象で行くと、米国などは、定時にさっさと帰ったり、しょっちゅうバーベキューをしたり、毎晩パブで飲んでたりという光景を浮かべる人も多いかと思います。

その辺実際どうなのだろうか、というのを、面白いまとめを見つけたので紹介します。

米国の働き方については、実は案外働いていそうだなあって考え方を改めたりしました。

そういえば、海外ドラマなどを見ていると、米国の弁護士などは、新人は特になのかもしれませんが、徹夜で資料を集めたり、上司から理不尽な作業を振られたりというのがかなり当たり前に描かれていたなあ、と、思い返せます。

米国の方が家賃が安く、広いアパートメントに住めるような印象もありますが、実際は物価そのものはかなり高く、医療や教育に充てる支出は日本とは比べ物にならないほど高いと聞きます。

実際問題、医療・教育・社会保障に関して言えば、日本は本当に住みやすい国であると思います。

また、働き方に関しても、海外ほどシビアではないという部分も実はありそうです。

米国の働き方に関しては、クオーター(四半期)ごとに評価される仕組みと言われ、もちろん業態にも依ることは当然としても、文化的に、主体である企業に具体的な貢献ができていない社員は明確に排除される傾向があります。逆に、インセンティブもはっきりしており、実力さえあれば出世も給与もどんどん上がっていくという実態は、やはりあるようです。

日本の一般的な企業によるイメージは逆に、スタンドプレーは忌避され、遅くまで一緒に苦労していることを評価され、企業としての業績が上がらなくとも給与はできる限り保証される、というものがあります。

それが故に、「日本」と一括りにしたときの企業業績は右肩下がりになってきているのではないかと思えます。

 

インターネットの発展で情報が手に入りやすくなり、国際情勢や日本国内の同じような状況にいる、様々な世代のつぶやきなどが可視化されてくるに従って、考え方・働き方もじわじわとグローバル化されてきています。

現在学生である若者たちの、働き方に関する意識も、少しずつですが確実に変わってきているように思えます。

働き方に限らず、生き方、考え方そのものが、日本という国においては大きな転換期に来ているのではないでしょうか。

これからの子供たちの生活を考える上でも、改めてこういった情勢の変化を見直すことも重要なのではないかと思いました。